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東京高等裁判所 昭和24年(行ナ)8号 判決

原告 太田菊太郎

被告 特許庁長官

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、特許局が同庁昭和二十一年抗告審判第四二六号事件について、昭和二十四年三月十日なした審決はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は左記要旨の完全肥料製造法の発明について、昭和二十一年五月十五日特許局(当時特許標準局と称す)に対し特許出願をした。(同庁昭和二十一年特許願第二四〇〇号)。

周囲に数多の繊毛のある生きたままの花虫網に属する腔腸動物クサビライシを急速に乾燥してその含有する酵素、毒素及びその他の成分に何等の変化のないように粉砕することを特徴とする完全肥料製造法。然るに原告は昭和二十一年十月二十二日本願発明は特許法第一条の発明ではないとして、右出願に対し拒絶の査定を受けた。よつて原告は同年十一月二十六日特許局に対し抗告審判の請求をした(同庁昭和二十一年抗告審判第四二六号)ところ、特許局は昭和二十四年三月十日原告の特許出願は特許法第一条に規定する特許要件を具備しないものとして「本件抗告審判の請求は成立たない」との審決をした。

而して原審決の理由は、本願発明の要旨は周囲に数多の繊毛を有する生きた花虫網に属する腔腸動物「クサビライシ」を急速に乾燥して、その含有する酵素毒素その他の成分に何等の変化なからしめて粉砕することを特徴とする完全肥料製造法に存することは、その明細書の記載に徴し明かであるが、原査定に説示するように各種海産動物(例えば蝦「ひとで」その他)は(カルシウム)加里、窒素燐酸分その他を含有しているので、これをそのまゝ又は粉砕して肥料とする思想は、本願出願前から周知(例えば昭和十八年八月十日株式会社水産社発行木村金太郎、天野慶之共著水産廃棄物利用第三五五―三五六頁参照)に属するばかりでなく、「クサビライシ」は本都内で公知の腔腸動物であるから、これを肥料として活用することに着目するようなことは当業者並びにその産地の農耕者であれば、極めて容易のことゝ認められる。又本願発明の乾燥粉砕法には特異の点が認められないから、結局本願発明は叙上公知公用の観念から、当業者が発明思想を要せずして実施し得られる程度のものであつて、特許法にいう新規の発明とは認め難く、同法第一条に規定する特許要件を具備していない、というにある。

二、然しながら、

(一)  本願発明は周囲に数多の繊毛のある生きたままの花虫網に属する腔腸動物クサビライシを急速に乾燥してその含有する酵素毒素及びその他の成分に何等の変化のないように粉砕することを特徴とする完全肥料製造法を要旨とするから、たとえ原審決にいうように各種海産動物を肥料とする事例があり、且つクサビライシが腔腸動物でこれを肥料に活用することがあるとしても、未だ本願発明のような前記特殊の工程を施すことを容易に実施し得るものと速断すべきではない。

(二)  原審決は本願発明の乾燥粉砕法には特異性が認められないというけれども、前提要件である周囲の数多の繊毛のある生きたままのクサビライシを急速に乾燥して、その含有する酵素、毒素及びその他の成分に変化させないようにするのであるから、この工程と結合して乾燥粉砕方法に特異の点があるとしなければならない。けだしクサビライシが腐敗するときは繊毛は全部脱落して、繊毛中に含有する窒素分、酵素、毒素及びヨード等の有効成分を利用することができないし、また腐敗しない最も鮮度の高いものでなければその腔内の酵素及び毒素をより多く利用することができないのみならず、土壊中の有機物を可溶性とし又殺虫性を生ずることができず、なお生きたクサビライシを急速に乾燥して高熱の発生を防止して酵素及びその他の有効成分に毫も変化を生ぜしめない工業的効果を生ずるからである。

(三)  本願発明において使用する周囲に繊毛のある生きたクサビライシは酵素を保有しその酵素は土壊中の有機物質を醗酵させ可溶性として植物に容易に吸収させて速効性とするものであつて、またクサビライシの毒素は魚類を麻酔死させて、これをクサビライシが食つて生棲するものであるが、本願発明はこれを利用して土壊及び植物に寄生する雑虫を死滅させて植物の繁殖を阻害することのないようにし、また周囲に繊毛のある生きたクサビライシは、カルシウム四四・二%カリウム一四・五%窒素一〇%以上及びヨード一%を含有するから、その完全肥料であることは論を俟たないところであり、またヨードを含有するから植物の発育が向上するのは勿論これを吸収した植物の摂取によつて人体の保健に適すものであり、更に本願発明においては前記のように生きたクサビライシを急速に乾燥させて高熱の発生を防止して、前記クサビライシの含有する酵素毒素及びその他の有効成分を毫も変化させないようにする工業的効果があるから、原審決にいうような事例があつたとしても、それから容易に実施し得ない新規の発明である。けだし工業的発明とは自然力を利用して新規の工業的効果を生ずる思想であるから海産物が肥料に利用されまたクサビライシが腔腸動物として公知であるからといつて直ちに本願発明をその産地の農耕者が容易に実施し得るものとなすべきではない。

(四)  本願発明は生きたクサビライシの酵素で土壊中の有機物質を醗酵させて、可溶性として植物の吸収に容易ならしめまたその毒素で殺虫をし、なお生きたクサビライシの繊毛は窒素分を多量に含有して完全肥料とする工業的効果を生じさせるものであるが、引用例からは前記工業的効果を生じさせることはできないから、引用例と本願発明とは工業的効果において、甚だしい差異があつて引用例でその新規性を阻礙されることはない。

(五)  原審決は、原拒絶査定引用の珊瑚礁のような石灰質含有物質を粉砕処理して石灰質肥料を製造することの吉村清尚著新訂高等肥料学第三一〇頁の外、更に新たに昭和十八年八月十日株式会社水産社発行木村金太郎、天野慶之共著水産廃棄物利用第三五五頁―三五六頁を引用したが、かゝる場合には特許法第百十三条によつて準用される同法第七十二条の規定によつて、更に原告に対し意見書差出の機会を付与すべきであるのに、特許局がその機会を与えなかつたのは違法である。

以上の理由により原審決は特許法第百二十八条の五の規定により取消さるべきであるから本訴請求に及んだ次第である、と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、原告主張の一の事実はこれを認める。(一)本件原告の特許出願にかかる発明の明細書に記載されているその実施例を見るに、繊毛を有し生きたクサビライシを水で洗滌し、そのまま天日乾燥に約二十四時間処した後粉砕するという手段をとつているが、生きたクサビライシを水で洗滌し、そのまま天日乾燥に約二十四時間処しても(その間クサビライシは死するものと思う)なお且つ変化しない程度の酵素及び毒素であれば、酵素及び毒素の作用を利用する点からいえば、特に生きたままのクサビライシを使用する必要は認められない。また原告はクサビライシは死と同時に直ちにその繊毛が脱落するように主張しているけれども、かかる事実は吾人の知つている生物のあり方とは大いに趣きを異にしているから、容易に信憑することができない。いわゆる繊毛はクサビライシが死すれば除々に脱落してゆきその繊毛を失うまでには相当の時間を要するものと考えられるから、この繊毛利用の点からいつても、生きたクサビライシを特に使用しなければならない理由は認め難い。故に本願発明において、クサビライシに附した「生きたまま」なる条件は特別な作用効果をもたらすものとは認めることはできない。また本願発明は酵素、毒素及びその他の有効成分を変化させない手段として「急速に乾燥する」方法をとるといつているけれども、その具体例では、生きたクサビライシを水で洗滌しそのまま天日乾燥に約二十四時間処している。これは普通の天日乾燥法であつて何等特異な乾燥法ではない。かように本願発明における、「生きたまま」及び「急速に乾燥する」なる限定は本願発明を特許するに値するものとなすに至らないものと認めるべきである。従つて本願発明は、各種海産物をそのまままたは粉砕して肥料とする観念より当業者並びにクサビライシ産地の農耕者が容易に着想実施し得られるものといわざるを得ないから、原審決は相当である。(二)原審決が原査定で引用した吉村清尚著新訂高等肥料学の外に新たに昭和十八年八月十日株式会社水産社発行木村金太郎、天野慶之共著水産廃棄物利用という刊行物を引用したのは、原査定で各種海産物を乾燥した後粉砕して肥料を得ることは例示するまでもなく従来周知と述べているのを、審決ではその周知性を原告に確認させるために右刊行物を補足的に追加したものであるから、本件について原審決に原告主張のような審理上の違法はない。従つて原告の本訴請求は失当である、と述べた。(立証省略)

三、理  由

原告がその主張のような要旨の完全肥料製造法の発明について昭和二十一年五月十五日特許局に対し特許出願をしたところ、同年十月二十二日原告主張のような理由で拒絶査定を受けたこと、原告はこれを不服として同年十一月二十六日特許局に対し抗告審判の請求をしたところ、特許局は昭和二十四年三月十日、原告の特許出願は原告主張のような理由によつて特許法第一条の規定する特許要件を具備しないとして「本件審判の請求は成立たない」との審決をしたことは当事者間に争がない。

よつて原審決が原告が(一)ないし(五)に主張するように不当として取消さるべきものであるかどうかを審按する。

まず原告の(一)の主張について判断するに、成立に争ない甲第五号証の一、二と原告本人の供述によれば、原告の本願発明の要旨は原告主張のとおりであるが、右要旨中の「生きたままの」という語の意味は「腐敗しないうちに」という意味であり、また「急速に乾燥してその含有する酵素毒素及びその他の成分に何等の変化のないように粉砕する」というのは「腐敗によつてその含有する酵素毒素及びその他の成分に変化の起らないうちに急速に乾燥し然る後に粉砕する」という意味であることが認められるから、結局本願発明の要旨は、「周囲に数多の繊毛を有する花虫網に属する腔腸動物クサビライシを腐敗によつてその含有する酵素毒素及びその他の成分に変化の起らないうちに急速に乾燥し然る後に粉砕することを特徴とする完全肥料製造法に存するものと認められる。而して各種海産動物はカルシウム、加里、窒素燐酸分その他を含有しているので、これを乾燥した後紛砕して肥料を製造する方法は、本願特許出願前から周知であるから、この周知の方法と本願発明の方法とを対比するときは、両者は海産動物を乾燥して粉砕し肥料を製造せんとする思想において全く一致し、ただ本願発明においては、「海産動物として特定のクサビライシを選定し且つ腐敗しないうちに急速に乾燥する」という限定をつけた点において差異があるものであることが認められる。然しながらクサビライシは海産動物の一種であり、また海産動物肥料を製造する際に腐敗しないうちにすなわち腐敗によつてその含有する有機質物に変化の起らないうちに乾燥し粉砕することは、極めて普通の常識であるから、クサビライシを腐敗しないうちに乾燥し粉砕して肥料を製造する本願発明は、右公知の方法から容易に実施し得る程度のものと認定するのが相当である。従つて原決定が右と同趣旨の認定をしたのは相当であつて違法ではない。

次に原告の(二)の主張について判断するに、原告は本願発明の乾燥粉砕法はその前提要件である。周囲に数多の繊毛のある生きたままのクサビライシを急速に乾燥してその含有する酵素毒素その他の成分を変化をさせないようにするのであるから、この工程と結合して乾燥粉砕方法に特異の点があるとしなければならないと主張するけれども、前記(一)において説明したとおり海産動物肥料において、その含有する有機物質(肥料としての有効成分)に変化の起らないうちに乾燥して粉砕することは極めて普通のことであるから、本願発明の乾燥粉砕工程に特異の点があることは認められない。またクサビライシに含有する酵素毒素については、原告の立証によつては未だそれがいかなる化合物であるか、何故に殺虫効果があるのか、それが変化すれば何になるのかということの説明がないから乾燥粉砕工程に特異の点を認めることができないし、また工程の結果による特殊の効果も認められない。従つて原決定が本願発明の乾燥粉砕法には特異の点が認められないと認定したのは違法ではない。

次に原告の(三)の主張について判断するに、原告は本願発明において使用するクサビライシは酵素を保有し、その酵素は土壤中の有機物質を醗酵させ可溶性とし植物に容易に吸収させて速効性とするものであり、また毒素は土壤及び植物に寄生する雑虫を死滅させて植物の繁殖を阻害することのないようにし、またクサビライシはカルシウム四四・二%カリウム一四・五%窒素一〇%以上及びヨード一%を含有するから、完全肥料であることは明かであり、またヨードを含有するから植物の発育を向上させる等の工業的効果があるから、原審決にいうような事例があつたとしても、本願発明は容易に実施し得ない新規の発明であると主張するけれども、酵素の作用効果については、酵素は他の海産動物質肥料にも含有されているものであるから、本願発明の独得のものとは認められないしまた、原告主張の毒素及びヨードの作用効果については、原告本人のこの点に関する供述はたやすく信用できず他に毒素及びヨードに原告主張のような作用効果を認めるに足りる証拠がなく、カルシウム、カリウム、窒素等の成分は他の海産動物肥料にも含有されているものであつて、クサビライシに独得のものとはいえないから、本願発明は各種海産動物を乾燥して肥料とする公知の思想から、当業者の容易に想到し実施し得る程度のものであつて、原告主張のように新規の工業的発明と称するに足りない。

次に原告主張の(四)の点について判断するに、原告は本願発明は生きたクサビライシの酵素で土壤中の有機質を醗酵させて可溶性として植物の吸収に容易にしまたその毒素は殺虫性を有し、なお生きたクサビライシの繊毛は窒素分を多量に含有して完全肥料とする工業的効果を生じさせたものであるが、原審決の引用例からは前記工業的効果を生じさせることはできないから、引用例と本願発明とは工業的効果において甚だしい差異があつて引用例でその新規性は阻礙されることはない、と主張するけれども、酵素毒素についてはすでに前記(三)において説明したところであり、またクサビライシの繊毛には窒素が含有されていないことは原告本人の供述によつて明かであるから、窒素はその体内に含有されているものと認めるべきであり、この窒素分は動物性蛋白質の窒素であるから、動物質肥料がこれを含有することは当然であつて別に新規なことではなく、その含有量も他の動物質肥料に比して多量ではないから、原告の右主張も理由がない。

最後に原告の(五)の主張について判断するに、原審決が原拒絶査定引用の珊瑚礁のような石灰質含有物を粉砕処理して石灰質肥料を製造することの吉村清尚著新訂高等肥料学(第三一〇頁)の外に、新たに昭和十八年八月十日株式会社水産社発行木村金太郎、天野慶之共著水産廃棄物利用(第三五五頁―第三五六頁)を引用したことは当事者間に争ないところであるけれども、原審決が右著書を引用したのは、各種海産動物を乾燥した後粉砕して肥料を製造することが周知であることを例示したに過ぎないから、これを以て新らしい拒絶理由を示したものということはできず、従つて原告の原審決には特許法第百十三条によつて準用されている同法第七十二条に規定される手続の違背があるとの主張は理由がない。

以上説明のとおりであるから、原告の原審決を不当であるとしてその取消を求める本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 菅野次郎)

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